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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)4529号 判決 1963年2月08日

原告 中島徹

被告 信越化学工業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が昭和三六年二月一日訴外日興証券株式会社及び同山一証券株式会社に対し、各八〇万株宛発行した新株発行を無効とする。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は、昭和三六年五月三一日、被告会社の三六株の株式を取得し、その株主となつた。

二、被告会社は、昭和三五年一〇月一四日開催の取締役会において、二、八〇〇万株の新株発行のうち、公募による新株発行の件につき次の決議をした。即ち、

(一)  発行新株式数 記名式額面普通株式一六〇万株

(二)  発行価額 額面以上の価額

(三)  払込期日 昭和三六年二月一日

(四)  公募の方法 発行価額その他新株式発行に必要な事項はすべて今後の取締役会において決定すること。

なお、承認事項として、訴外日興証券株式会社、同山一証券株式会社に対して、各五〇パーセントの比率をもつて右公募に関しての事務を取扱わせる。

次いで、昭和三六年一月一七日開催の取締役会において、前項(二)の発行価額を一株一六五円とし、かつ、今後右新株発行に関する必要事項は代表取締役に一任することを承認した。

三、しかるに、被告会社代表取締役は、昭和三五年一〇月一四日開催の前記取締役会においてした、公募事務を訴外日興、山一両証券会社に取扱わせるとの決議に従わず、昭和三六年一月一七日本件新株式一六〇万株の引受権を訴外日興、山一両証券会社に各八〇万株宛買取り引受けさせ、その結果、両証券会社は同月三一日被告会社指定の申込及び払込場所に対し各八〇万株の申込をし、同年二月一日一株につき一六五円の割合で各八〇万株の払込を了して被告会社の株主となつたもので、右買取引受による新株発行は、公募ではなくして右両証券会社に対する新株引受権の付与である。

四、ところで、訴外日興、山一両証券会社は、被告会社の株主以外の者であるから、新株引受権を日興、山一両証券会社に与えるについては、被告会社は、商法第二八〇条ノ二第二項の規定により、これを与えることを得べき引受権の目的たる株式の額面無額面の別、種類、数及び最低発行価額につき、株主総会の特別決議を経ることを要するにも拘らず、被告会社は、右総会の特別決議によらなかつたばかりか、株主総会において株主以外の者に新株引受権を与えることを必要とする理由を開示しなかつたもので、本件一六〇万株の新株発行は無効である。

五、公募による新株発行の場合においては、発行会社としては、額面価額以上のプレミアムによつて多額の資本準備金を獲得して会社の内容を充実し、会社の利益を図るとともに、やがてはこれを資本に組入れ、株主に対する無償新株を発行して、株主の利益を保護するものであることを前提とする。そして、会社が公募によつて右目的を達成するためには、あらゆる方面から新株引受人を募集し、あらゆる者に対して新株申込の機会を与え、高い価額による新株申込人を求め、新株申込証記載の高い価額にて引受ける者に対し、新株引受権を割当ることであつて、このことは、新株申込証の記載事項として、商法は、新株発行価額と引受価額とを区別して記載することを定め、申込人による競争を予定しているのであつて、公募による新株発行は右の如きものであるべきであり、これによつて会社の目的は達成されるばかりか、かかる公募が行われたならば、仮に、発行価額が低目に定められたとしても、公正な価額が自ら発見されるのである。ところで、被告会社が本件新株の発行価額を決定した昭和三六年一月一七日当時の株式の価額は一株二〇二円であり本件新株の払込期日である同年二月一日のそれは一株二六三円であつたのであるから、本件新株発行が右の如き方法によつて募集されたとすれば、本件新株の払込期日当時の一株の価額である二六三円で申込む者が殆んどであつたのである。しかるに被告会社は前記の如く訴外日興、山一両証券会社に対し、一株一六五円をもつて本件新株一六〇万株を買取引受させたのであつて、被告会社はこれにより右証券会社に対しては一株につき九八円、総額にして一億五、六八〇万円の利益を図つたことになると同時に、一般株主に対し、同額の不利益を与えたこととなるのであるから、被告会社のした本件新株発行は著しく不公正な方法または価額によるものとしてその効を認めえないものといわなければならないものである。

よつて本訴請求に及ぶと述べ、

なお、被告は、原告の当事者適格を争うけれども、本件訴の原告としては、現に被告会社の株主であれば足り、その株式は、旧株でも新株でもよく、又その取得の日時を問わないものであると述べ、

被告の抗弁事実を否認した。<立証省略>

被告訴訟代理人は、本案前の申立として、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、原告は自ら主張するように、本件新株発行の後である昭和三六年五月三一日被告会社の株主となつたものであるが、原告は、右新株発行の事実を認めたうえで株主となつたものであつてかかる株主に当該新株発行無効の主張を認めることは、自己の不利益にこそなれ、何らの利益も合理性もないばかりか、新株発行前の旧株主及び他の新株主による会社発展の期待を害し、会社荒しの弊害を増大するもので、商法第二八〇条ノ一五第二項にいわゆる株主とは、新株発行前の株主及び当該新株の発行を受けた株主に限定して解すべきであつて、原告は本件訴については当事者適格がない、と述べ、

本案につき、主文と同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の第一、二項の事実及び第三項の本件新株一六〇万株を原告主張の価額をもつて訴外日興、山一両証券会社に各八〇万株宛買取引受けさせたことを認め、その余の事実を否認し、

元来新株発行の無効原因は、既に新株が発行せられた後にこれが無効とせられるならば、会社債権者を害すること甚大であり、かつ株式の円滑な流通を阻害することとなるので、これを制限して解すべきところ、原告主張の事実をもつてしては未だ新株の発行を無効ならしめる原因とはならないから、原告の主張自体理由がない。

又、原告主張の買取引受は、新株発行に際しての公募の一方法であつて、訴外日興、山一両証券会社に対し、新株引受権を付与したものではない。即ち、被告のした買取引受は、証券業者が発行会社から新株を買取引受価額と同額の売出価額で新株払込期日前の一定期間内に広く不特定多数人に対し売出すことを約して発行株式の全部又は一部を証券業者名で一括買取引受けさせ、発行会社はこれに対し相当額の手数料を支払うものであり、証券業者はまず買取引受けした新株につき、不特定多数人の中からその申込希望者を募集し、これに新株を買取引受価額と同額で売出す義務があるのであり、希望者のある以上、証券業者は自ら株式を保有することはできないのであり、いかに株式の価額が高騰してもそれにより証券業者は何らの利益をも受けないのである。又、売出期間は新株払込期日前の一定期間であり、従つて、買取引受による売出しは証券取引法上の売出ではなく募集に該当するものとして取扱われるのであり、証券業者は単に形式的に株式引受手続を行うにすぎず、株式は直ちに買受人たる不特定多人数の中の希望者に渡されるのであつて、その株式引受手続は買受人たる希望者のために、証券業者の名において行われるものにすぎない。従つて、株式引受人は証券業者ではなく買受人たる不特定多数人の中の希望者であるから、証券業者が形式的に買取引受を行つてもそれは公募の一方法にすぎない。

仮に、買取引受が形式的には証券業者に新株引受権を付与したものであるとしても、それは、商法第二八〇条ノ二第二項にいわゆる新株引受権を付与した場合には該当しない。即ち、同条所定の新株引受権は優先的に他より経済的に有利な条件で新株を引受ける権利をいうものであつて、かかる有利な条件で新株を引受ける権利を取締役の恣意によつて株主以外の第三者に与えるにおいては、株主の利益を害することとなるので、これを抑制するために設けられた規定である。しかし、会社が公正な価額をもつて新株を引受けさせる以上、株主の利益が害されることはないのであるから、会社は何人に新株を引受けさせるかは自由であつて、被告会社のした本件新株の買取引受は、右被告会社の割当自由の原則に基く新株の割当である。そして、被告会社のした一株当り一六五円の買取引受価額は株価決定時の被告会社の株価からみて公正妥当な価額であり、不当に廉価に買取引受けさせたものではなく、又、これを買取引受けた訴外日興、山一両証券会社は買取引受価額と同額で一般に売出す義務を有し、しかも、本件一六〇万株全部を一株当り一六五円で売却済である。

仮に、本件買取引受が商法第二八〇条ノ二第二項の規定に違反するとしても、買取引受は今日新株の公募方法の一形態であるとの商慣習があり、しかも右慣習は、実質においては、同条の精神に反しないものであるから、本件買取引受は慣習法として有効である、と述べた。<立証省略>

理由

一  被告は、原告が本件新株発行後株主となつたことを理由に、原告の当事者適格を争うけれども、商法第二八〇条ノ一五第二項には「前項ノ訴ハ株主又ハ取締役ニ限リ之ヲ提起スルコトヲ得」と規定するのみで、新株発行当時の株主に限定しているものではないから、新株発行無効の訴の原告としては、原則として現に株主であることを要し、又それで足るものと解すべきである。もつとも、現に株主であつても、その訴において主張する新株発行が無効となることによつて、みずからの株主たる地位が否定されるような特殊の場合には、当事者適格を認めるべきではないのではないかという問題があるが、それはともかく本件のように新株の発行後当該新株以外の株式を取得して株主となつた(この事実は、成立に争いのない甲第二号証によつて認める。)原告は、本件訴の原告たる適格を失わないものと解するのほかはない。

二  ところで、原告は、被告会社が日興証券株式会社及び山一証券株式会社に新株引受権を与えるにつき、商法第二八〇条ノ二第二項の手続を履践せず、しかも新株の発行は著しく不公正な方法または価額によるものであるから、本件新株の発行は無効であると主張する。しかし、当裁判所は、右両証券会社のいわゆる買取引受につき、同条所定の手続を要するかどうかについてはしばらくこれをおき、その手続の不履行その他原告主張の事由は新株発行の無効原因にはならないものと解する。もつとも、新株発行の無効原因については、これを比較的緩かに解する見解と極力制限しようとする見解との対立があるが、商法第二八〇条ノ二第二項に規定するようなたんなる手続上の瑕疵または発行方法もしくは価額の不公正をもつてその無効原因と解することは、取引行為に準ずべき新株発行の効力を否定する契機を多くし、取引の安全を害することとなつて妥当ではない。このことは、一旦新株が発行され、会社が拡大された規模で活動を開始し、発行された新株が転転流通している際にそれが無効とされては著しく取引の安全を害する結果となることからみて明らかであろう。もちろんいかなる瑕疵があつても一旦新株が発行されてしまえば、すべて無効原因にならないとするものではなく、定款に定められた会社が発行しうべき株式総数を超過して新株を発行したとか、あるいは定款の定めのない種類の株式を発行したとかの単なる手続上の瑕疵を超えた実体上の重大な瑕疵がある場合には、これを無効とするほかないであろうけれども、商法第二八〇条ノ二第二項の手続を履践しなかつたとか発行方法または価額が不公正であるというような場合は、会社(株主全体)の利益よりまず一般第三者の利益をはかるを至当とするのである。これにより株主が損害を受けたとか、あるいは引受人が不公正な価額で引受けたという場合に取締役が損害賠償責任を負い、あるいは引受人が差額支払義務を負うということはおのずから別問題である。

三  かように、商法第二八〇条ノ二第二項等の違反は、新株発行の無効原因とはならないから、本件の場合株主総会の特別決議を経ることを要するか否か、さらには本件新株発行が著るしく不公正な方法または価額によるものであるか否かについて判断するまでもなく、本件請求は理由がない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷部茂吉 白川芳澄 宍戸達徳)

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